56 四国剣山登山
昭和三八年八月 金砂中学校の読木先生の音頭で剣山に登ことになった。 徳島県貞光駅まで汽車で、それから見の越までバスで貞光川沿いを登った。 このバス路線はさきに貞光鉱山の調査に来たときに、大喜多所長と三井の 三人で来た。往復回数が少ないので、待つ時間を調査と観光を兼ねて下りバスに 乗り終点まで行って帰って来たのを覚えている。 今回は読木先生親子(五年生)、私達親子、裕一の同級生、中学二年生の津村、 向井、田岡、松下の八名である。バス停より少し登って夕方になり、剣神社で 泊ることにした。
剣山登山道
夕食は社の庭で飯盒炊さんをやる事に計画していた。 夕食を食べ終って、朝食と弁当を作る事になり、飯盒の飯炊きは出来たが誰一人 握り飯が出来ない。私一人で三、四〇個の握り飯を作った。 お陰で手が真っ赤に成ってしまった。皆んな熟睡したようだった。
読木先生と中学二年生
早朝から登山にかかった。天気は快晴、石槌山に比べて山は緩傾斜で登り易い山だ。 十時過ぎには山頂に到着した。なだらかな台地が広がり、一面、熊笹で覆われている。 讃岐山脈も遠くに霞んで見えている。山また山の連なり、子供達も初めて 海抜一九五五メートル四国第二の山を征服した満足感が溢れている。何の疲れも見せない。 一等三角点の標柱も高く空に聳えている。帰りは道を変えて下山した。 夕方無事佐々連に帰宅した。子供達には何時までも心に残る二日間だったと思う。
金砂中学生剣山登山